2010年06月10日

中田宏のテレビ出演情報

中田宏は、地方自治の強化を唱え、原口大臣や橋本知事らと共にテレビによく出ます。日本創新党の発足の中田宏の記者会見では、原口大臣などがやろうとする地方自治強化に触れることなく、予算ばら撒きの政権であると批判をしています。
そして中田宏は、自らが地方自治に成功したかのように鼓舞しているのです。
中田宏は、任期途中で市長を突然辞めたことで周囲やマスコミを驚かせました。
そして中田宏は辞任してから、今辞めたことで市議会改選と同日に市長選挙ができて、無駄なお金を使わなくて済むと自ら弁明したのです。そして、正に中田宏は、飛ぶ鳥跡を濁して去ってしまったと言っても過言ではない。
そしてその通り、中田宏が最後の仕事の大きな目玉であった横浜開国博の問題や女性問題が明るみに出て来たのです。
山田党首も同様の女性問題が取りざたされており、中田宏とは似たもの同士の仲です。
新党どころではないのが中田宏に対する批判であり、意見になるのです。
しかし中田宏の突然の市長辞任劇には、引っかかるものが沢山見え隠れしています。
中田宏と比較して、地方自治を訴える橋本知事は、テレビでは軽い人物とのイメージがあるものの、地方首長の中では名古屋市長と並んで肝の据わった首長と目されています。
中田宏は弁舌は巧みであるが、石原都知事に匹敵する不遜さがあるような印象がある。日本の苦しい経済環境において、中田宏や石原知事のような大金をドブに捨てる横浜開国博や東京オリンピックなどに力を注ぐ発想は、既に時代遅れの感があります。

中田宏に、名古屋の河村市長が自分の給料を抑えて市民税を減額したい意向を示している姿勢は、果たして届いているのだろうかと疑問に感じる部分があります。
地方自治の厳しさや正しい方向性を示すには、中田宏自身が責任をとるべきです。

中田宏はテレビでは大口を叩いているものの、結局、博覧会をして大損害を与えた。
中田宏はラジオ番組で改革成功の理由について、頭を下げること、よく笑うことの2点を挙げており、他番組では、360万人都市、横浜市の社長とまで紹介されていました。
中田宏のテレビでの発言は、その巧妙な話とは裏腹に信頼性に欠けることが多いのです


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2010年06月09日

中田宏事務所

中田宏事務所がこのたび中区弁天町通りに開所されて、大々的に発表されました。ここでも中田宏独特の指示が入り、サビのところでフリを付けろとの指令が出ました。
誰もが気付いたのが、中田宏事務所では政党の関係者が極めて少なかったことです。
そして、政党人の挨拶が最初から式次第になかったことが中田宏事務所だったのです。政党とは信頼関係によって一定の間隔をとった選挙戦を展開したいとの、中田宏の一貫した姿勢がそこには見え、好感はあるものの、結果に対する不安もあるものです。
それは投票率の極端な低さが中田宏市政に対する批判とも受け取れる現状です。
中田宏に対して、市政改革の評価はおろか、無関心層が予想を超えて拡大しています。

中田宏市長は、行政内部及び施策のすべてを見直し、改革断行で進んできたのです。4年間の中田宏の市政活動に対して、投票結果がどのように結びつくかでしょう。
議会にも突きつけられる市民判断としての選挙が、そうして幕を開けたのです。
2001年、当時衆議院議員の中田宏市長と夫人が秘書の結婚媒酌人を引き受けました。 そして、2005年に中田宏事務所の卒業生が一同に会する宴が挙行されたのです。
全てが家族と言ってもいい、中田宏事務所の卒業生である、結婚式ならびに披露宴です。当然ながら、リーダーである中田宏市長も出席し、スピーチの中で、二人が秘書時代で苦労してきたエピソードをみんなの前で披露しました。
そんな中、中田宏市長が衆議院議員時代に、秘書に対するヤツ当たりや怒りからテーブルをひっくり返したことなど、反省を込めた弁も含まれていたようです。
出席していた中田宏事務所の卒業生らは、市長のスピーチの内容に驚いたのです。

中田宏市長の強烈な過去の生々しい話に対して、参列者がざわついたようです。
しかし卒業した秘書達は、中田宏が一番苦労していたのは当時からわかっていたのです。当事者達はそんな中田宏の秘話を受け止めて、笑い話しと化せる状況にありました。披露宴の余興では、中田宏を筆頭にスマップの世界に一つだけの花を熱唱したようです。
お披露目には各界の代表者が集い、中田宏事務所は盛況にその幕を開けました。
そうなれば秘書の宿命で、余興を知らなかった元秘書も式の数分前に猛特訓したようです。結局中田宏が先頭に立って、事務所の人を引っ張って盛り上げたようです。
秘書達の苦労話を披露した中田宏のスピーチに対して、周囲は騒然となりました


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2010年06月08日

中田宏と東国原知事との関係

中田宏が任期途中で突然の辞職願を提出したことで、大きな話題となりました。
そして中田宏の横浜市長辞任問題は、政界にナゼの嵐が大きく吹き荒れたのです。
それは中田宏が衆院選には出馬しないものの、政治活動は続けると表明したことです。なぜ中田宏は出馬しないのか、そして衆院選に出ないことはまさに不思議でしかない。このタイミングで中田宏が市長を辞任するのは誰しもが納得できないものなのです。
永田町関係者は、中田宏の辞任劇の裏にはアノ人の影があるのでは、と述べています。それは、まさしく宮崎県の東国原英夫知事が大きく関与しているとの見方です。

中田宏は、市議会議長に辞職願を提出した後、すぐに市役所での記者会見をしました。今後の政治活動について中田宏は触れ、日本に残された時間はあまり長くないので、国の改革のためならどんなことでもするとの国政復帰の意向を示したのです。
しかし、そうした力説とは裏腹に、中田宏は衆院選に出ることを強く否定しています。
また中田宏は、予定される参院神奈川選挙区の補選への出馬も見送ることを表明。
中田宏の本当の狙いというのは、永田町関係者の推測によると、横浜市民が約7年の中田宏の功績に対してそれなりの評価をしていることを挙げています。
大阪府の橋下徹知事や東国原知事と中田宏は連携することで、首長の存在感も増したことから、いまが絶好の売りどきと目論んでいる節があると指摘します。
辞任理由について中田宏は、2期ということは初当選から考えていたと表明。退路を断って、辞めたあとで出馬することによる印象を中田宏は狙っているのです。地方自治と国政を両天秤にかけるやり方はまずいことを東国原から学んだ形になります。中田宏については、政治資金パーティーのチケット購入問題が話題になっています。
そして中田宏は、そのことで財政の無駄を減らせることを挙げています。
中田宏は市長の肩書きがなくなることで、スキャンダルを一蹴しようとしたのかも。

中田宏は、国政転身を図ってブーイングを受けた東国原知事の二の舞を避けたのです。
期限を区切ってやらないと良い仕事はできないとも中田宏は発言しているのです。
この時期での中田宏の辞任理由は、市長選と衆院選を同日選にすることで経費削減を図ることができ、高い投票率が期待できることを挙げています。それに市消防局幹部が関与していた問題に端を発し、中田宏と交際していたとされる女性との裁判ざた問題など、非常にネガティブな話題が浮上しています


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