2010年06月09日

中田宏事務所

中田宏事務所がこのたび中区弁天町通りに開所されて、大々的に発表されました。ここでも中田宏独特の指示が入り、サビのところでフリを付けろとの指令が出ました。
誰もが気付いたのが、中田宏事務所では政党の関係者が極めて少なかったことです。
そして、政党人の挨拶が最初から式次第になかったことが中田宏事務所だったのです。政党とは信頼関係によって一定の間隔をとった選挙戦を展開したいとの、中田宏の一貫した姿勢がそこには見え、好感はあるものの、結果に対する不安もあるものです。
それは投票率の極端な低さが中田宏市政に対する批判とも受け取れる現状です。
中田宏に対して、市政改革の評価はおろか、無関心層が予想を超えて拡大しています。

中田宏市長は、行政内部及び施策のすべてを見直し、改革断行で進んできたのです。4年間の中田宏の市政活動に対して、投票結果がどのように結びつくかでしょう。
議会にも突きつけられる市民判断としての選挙が、そうして幕を開けたのです。
2001年、当時衆議院議員の中田宏市長と夫人が秘書の結婚媒酌人を引き受けました。 そして、2005年に中田宏事務所の卒業生が一同に会する宴が挙行されたのです。
全てが家族と言ってもいい、中田宏事務所の卒業生である、結婚式ならびに披露宴です。当然ながら、リーダーである中田宏市長も出席し、スピーチの中で、二人が秘書時代で苦労してきたエピソードをみんなの前で披露しました。
そんな中、中田宏市長が衆議院議員時代に、秘書に対するヤツ当たりや怒りからテーブルをひっくり返したことなど、反省を込めた弁も含まれていたようです。
出席していた中田宏事務所の卒業生らは、市長のスピーチの内容に驚いたのです。

中田宏市長の強烈な過去の生々しい話に対して、参列者がざわついたようです。
しかし卒業した秘書達は、中田宏が一番苦労していたのは当時からわかっていたのです。当事者達はそんな中田宏の秘話を受け止めて、笑い話しと化せる状況にありました。披露宴の余興では、中田宏を筆頭にスマップの世界に一つだけの花を熱唱したようです。
お披露目には各界の代表者が集い、中田宏事務所は盛況にその幕を開けました。
そうなれば秘書の宿命で、余興を知らなかった元秘書も式の数分前に猛特訓したようです。結局中田宏が先頭に立って、事務所の人を引っ張って盛り上げたようです。
秘書達の苦労話を披露した中田宏のスピーチに対して、周囲は騒然となりました


posted by toshi at 18:33 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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